日蓮正宗 昭倫寺

立正安国論(r1.11)


(立正安国論 御書二四五頁一行目)

 又云はく「我往昔(むかし)を念(おも)ふに、閻浮提に於て大国の王と作(な)れり。名を仙予(せんよ)と曰ひき。大乗経典を愛念(あいねん)し敬重(きょうじゅう)し、其の心(こころ)純善にして麁悪(そあく)嫉悋(しつりん)有ること無し。善男子、我爾(そ)の時に於て心に大乗を重んず。婆羅門(ばらもん)の方等(ほうどう)を誹謗するを聞き、聞き已(お)はって即時に其の命根(みょうこん)を断(た)つ。善男子、是の因縁を以(もっ)て是より已来(このかた)地獄に堕(だ)せず」と。又云はく「如来昔(むかし)国王と為(な)りて菩薩道を行ぜし時、爾所(そこばく)の婆羅門の命を断絶す」と。


(通解)
また、同じく涅槃経に云く、
「我(釈尊)の過去世を考えるに、閻浮提の中で大国の王となり、名を仙予と称していた。
しかして、大乗教典を大切に思い、敬い重んじて、その心は純善であり、粗暴な心や、嫉みや物惜しみすることがなかった。
善男子よ、自分はその時、心から大乗を重んじていたのである。
それゆえ、婆羅門が方正・平等の大乗教を誹謗をするのを聞いた際、聞き終わると同時に、その婆羅門の命を断ってしまった。
善男子よ、この因縁によって自分は、これより以後、地獄に堕つることがなかったのである。」
と。