日蓮正宗 昭倫寺

十一月度 広布唱題会の砌

 令和元年11月3日 於 総本山客殿

「折伏は、折伏をすれば必ず折伏できる」とは、ある人の言葉でありますが、とにかく、まず折伏の行動を起こすことであります。
いくら考えても、座していたのでは折伏はできません。
とにかく、立ち上がり、動くことであります。

大聖人様は『土篭(つちろう)御書』に、
「法華経を余人(よにん)のよ(読)み候は、口ばかりこと(言)ばばかりはよ(読)めども心はよ(読)まず、心はよ(読)めども身によ(読)まず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ」(御書 四八三頁)
と仰せであります。
この御文の通り、真剣に唱題に励み、大御本尊様への絶対の確信と、断固たる決意を持って折伏に打って出れば、必ず折伏はできます。

(中略)

そもそも末法は摂受・折伏とあるうち、折伏をもって正規といたします。
されば『御講聞書(ききがき)』には、
「今末法は南無妙法蓮華経の七字を弘めて利生得益(りしょうとくやく)有るべき時なり」(同 一八一八頁)
と仰せられているのであります。

末法は折伏をして、初めて「利生得益」があるとの御金言は、まことに大事であります。
過去遠々劫(おんのんごう)から積み重なる様々な罪障も、一切衆生救済の慈悲行たる折伏を行ずることによって、仏様の化(け)を受け、自他共に成仏することができるのであります。

(大白法・令和元年11月16日号より抜粋)

(令和元年12月掲載)