創価学会の僧侶不要論の誤り 仏宝・法宝は必ず僧によて住す 僧侶不要論は大謗法 創価学会では、 「本来直結であるはずの『御本尊』と『信徒』との中間に『僧侶』が介在し、信徒の祈りを僧 侶が取り次ぐという、ゆがんだ信仰観になっている」(「教宣ハンドブック2008」創価学会教 宣部編43n) などと僧侶不要論を主張しています。 これについて、二祖日興上人は『佐渡国法華講衆御返事』に、 「案のごとく聖人の御のちも、末の弟子どもが、これは聖人の直の御弟子と申す輩多く候。こ れが大謗法にて候なり」(歴全1-183~184n) と仰せられ、大聖人直結を主張する輩は大謗法であると断じられています。 また仏法僧の三宝のうち、仏法・法宝に直結するから僧宝は不要であるとするのは大きな誤り です。 そもそも僧については『四恩抄』に、 「僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ 草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法・二千年過ぎて 末法へも伝はるべからず。」(御書268n) と、大聖人様の仏法は、僧宝によって末法万年にわたり正しく伝えることができると仰せで す。 僧宝とは、大聖人様よりの血脈を相伝される日興上人以来の御歴代上人であり、総じては、当 代の御法主上人に従う日蓮正宗僧侶も僧宝の一分です。 もとより、日蓮正宗の僧俗は、すべて御本仏日蓮大聖人を根本の師匠と仰ぎ、大聖人滅後にお いては、日興上人をはじめとする唯授一人血脈付法の御法主上人を大導師と仰いで信仰してい くことは当然です。 また、日蓮正宗の檀信徒が御法主上人より任命を受けた所属寺院の住職・主管の指導のもとに 信仰の増進をはかることも、師弟相対の法門を重んずる日蓮正宗においては当然のことです。 大聖人様は、『真言見聞』に、 「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。」(御書608n) と、三宝は一体であり、僧宝を謗ることは謗法であると御教示です。 私達は僧宝を敬い、信じ従って信行に精進してゆくところに、成仏の道があることを知らなけ ればなりません。 今日、創価学会は、大聖人様を悪しく敬い、偽造本尊を作製し、そして僧宝を誹謗する三宝破 壊の大謗法団体となっています。 この悪しき団体から早く決別し、日蓮正宗の信徒組織である法華講に所属し、僧侶のもとに真 実の大聖人様の仏法を修行されることをお祈りいたします。 平成20年2月27日 広布推進会の砌 東京第二布教区発行 創価学会破折(bP4)より抜粋 |